「あるお客様との思い出」

(2001年6月30日)

本誌を発行した頃、私はまだ学生でした。その後、会社をたちあげてから、はやいことに2年が経過しました。こじんまりとはしているものの、新宿東口に事務所をかまえ、元気に着実に仕事をさせていただいています。仕事の内容は、インターネットの媒体を中心とする広告代理業です。

素晴らしいお客様にめぐまれたこともあり、記憶に残る出来事や想い出は、 このたった2年間の中でも、たくさんあります。そのなかで、その後の会社 の方針に大きく影響を与えた一つの出来事をご紹介します。

あるラーメン店の御主人が、新しく世田谷区にラーメン店を出すことになりました。新規出店の告知にはいつも紙を使っているものの、試しにインターネット広告を使ってみたいというのです。しかし御主人はインターネットが使えません。お店のホームページもなければ、メールアドレスもありません。でも御主人はインターネットでの告知をすっかりやる気になっておられます。

ホームページへの集客を主目的とするのがインターネット広告です。それをホームページ無しでやろうというのですから、困りました。御予算もほとんどおもちでありません。お断りしなければいけないかとも思ったのですが、御主人と話しているうちに、なんとかして成功させてみたいと思うようになりました。そこで儲けを度外視して、実験的にやってみることにしました。

いろいろ考えた結果「オプトインメール」(メールの受け取りを承諾されている方々のみに送るダイレクトメール。送信対象の属性を詳細にデータベース化されているので細かい絞込みが可能)を使うことになりました。

世田谷区にお住まいの方と、世田谷区に勤務されている方のうち、グルメスポットに関心のある方々を抽出して、メール配信をしました。開店記念として、そのメールをプリントアウトして来店された方にはラーメンを割引するという内容です。

配信した結果、御主人からは、まずまずのご満足をいただきました。なかなか難しい案件であっただけに、私としても、ひと安心となりました。が、話はこれだけにとどまりません。

メールを受け取られた方のうち、何人かの方が、そのメールに対して返信のメールを送られました。ラーメン店の御主人はメールアドレスをおもちでないので、オプトインメールのサポートセンターに届きました。そのなかに、このようなメールがありました。

「私はこのメールをもらって、びっくりしました。もしかして、あの●●さんですか。とてもなつかしく驚いています。むかし私が独身時代には、仕事帰りによくあなたのラーメンを食べたものです。本当に大好きだったのに、気づいた頃にはなくなっていて残念に思っていました。こんど新しく世田谷にラーメン店をだされるのですね。またあなたのラーメンが食べられるかと思うと、とても楽しみで仕方ありません。いま私には妻と子供がおります。家族をつれて、ぜひあなたのラーメンを食べに行きたいと思っています。家族にも、あなたの味を知ってほしいのです」

そんな趣旨のメールでした。すぐに御主人にFAXで転送したところ、このような反応がきたことに、とても喜んでおられました。チラシをまいていただけでは、きっとありえなかったことでしょう。メールだからこそ、気楽に意見を寄せてくれたわけです。

「メールを見たから楽しみに行ったのに、売りきれとのことで閉店でした。もっとたくさんつくってください。こんどいきますので」などというメールも来ていました。

御主人がこのメール配信に費やした費用は、なんとわずか2万円未満です。わたしは、これは、一つの感動物語であると考えています。

携帯メールを中心に、迷惑メール、スパムメールの問題がとりあげられています。受け手の許諾なしに、勝手に広告を送りつけるという問題です。また広告代理店からの営業攻勢のしつこさも、よく話題になります。売上至上主義の色彩が濃厚な、金儲け優先の営業姿勢が問題になることもあります。市場の未成熟ゆえの、モラルを逸脱したかのような営業活動が指摘されることも、ままあります。(もちろんきちんと仕事をされている方もたくさんおられます)

しかし、そんなムードの漂う業界の中にあっても、一方では、こういう感動物語も生まれているのだ、ということを知っていただきたいと思いました。

営利団体である以上、会社にとって売上額の向上は大事です。しかし、売上をいたずらに増やすだけではなく、こういう喜びと感動の拡大生産をこころがけていきたいものだと思います。

思わぬ広告効果を生み出したり、予想外のメリットを御提供さしあげる。そういう、いわば「驚きの提供」「感動の提供」を、どんどん考えていきたいと思っています。

そしてこういう体験と発見は、儲けようというガツガツした意識を度外視した行動の中から生まれてくるような気がしています。